連絡船 ── 航行記(第一期・第二期)



(二八)「人間を試す思想」── その一

 さて、前回のあまりにも引用の分量の多い ── 私自身のことばのあまりにも少ない ── 文章のつづきを書きながら、自分で違和感をおぼえ、自分でいらだっています。私はどうやらあれらの引用をまるで他人事のように、ただ撒き散らした・放り出した・ぶちまけたのじゃないでしょうか? もちろん、私なんかが適当にまとめるよりは、じかにキルケゴールの文章に接することをみなさんに願ったのだということはあるんですよ。でも、なにかがおかしい。おかしいとは感じながら、それがどうしてなのかが自分ではっきりしないんですね。「無責任」ということばが引っかかりはしているんですが、自分でたちまちそれになにもかもを押しつけるというのも納得がいきません。それこそ「無責任」だろうと思うんです。あるいは、前回までの私のいいかたを今後もずっと継続していけば、いま私のもどかしく感じているものは取り越し苦労なのかもしれないんですけれど(つまり、前回の私のふるまいが今後も同様に継続される私の試み全体のなかで薄められ、しかも、よく機能していくことになるかもしれない。だから、前回のことは単純に通過点として考えて、先へ進みさえすればいいのかもしれない)。しかし、やはりおかしいと感じるんです。それほどおかしいのなら、前回の文章を書き直せばいいだろうとも考えますが、ここは敢えてそれをしないで、考えてみようと思うんです。
 私はここ(このサイト)での自分の役割を一種のDJのようにも考えていたんだなあ、と思い至りもします。私は「はじめに」で、できるだけ引用を多用したいといいました。で、こういう文章を引用もしました。

 さらに、ここにまとめた諸論説を芸術家の作品たらしめているのは、それらが他に依存するところ多く、援助や典拠を必要とし、強力な宣誓補助者や「権威」を蜿蜒と引用し、引合いに出している点にある ── これは、受けた恩恵に対する深い感謝の表現であり、自分が読んで慰められたものをすべて読者に言葉どおり押しつけようという子供っぽい衝動の表現であって、自分が読みとったものを、自説のための物言わぬ背景に仕上げるような真似はできないのである。ついでに言えば、こうした欲求はとめどもないものでありながら、それを充足させるにあたっては一種の芸術的な節度と趣味が働いていた、と思われる。つまり引用は、物語のなかに会話を折りこむ技術にも似た技術と感じられ、同じようにリズミカルな効果をあげる狙いがあったのだ……
(トーマス・マン『非政治的人間の考察』 森川俊夫訳 新潮社)

 そのうえ、同じ「はじめに」の、ある章で、私は自分の引用ぶりに「一種の芸術的な節度と趣味」が働いてないということを嘆きもしてみせたんでした。あのときも私は、一連の引用をそのままにしておく・私の文章も書き直さないといったんですね。今度の私のもどかしく感じるのも、同じことでしょうか? まず、これが自分でわからないんです。
 いや、わからなくはないな。あのときはあれでよかったんです、きっと。しかし、今度はそういうわけにはいかない ── そう私は考えているんですね。たしかに、あのときといまとで通低するものがあるのは間違いないですが。
 とにかく、あれらの引用を「まるで他人事のように、ただ撒き散らした・放り出した・ぶちまけた」という、なんだか後味の悪い感じがしてしかたがないんですね。私は、しかし、あれらのひとつひとつの引用について、あれこれと解説すべきだったのではないだろうとは思っているんです。
 引用したのがキルケゴールだったのがいけなかったのだろうか、とも思います。べつの作家ならばよかったのかもしれない。キルケゴールが私にとってある種の鬼門であるのかもしれません。あるいは、私がもうずいぶん長いこと『死に至る病』を通読していない ── 前回の文章のために読み返していない ── ということになにかしらのやましさを感じるんでしょうか。わかりません。

 私はまた、「はじめに」でこうもいいました。

 これは、私がかつてがんじがらめになっていた、ある種「実存主義」的な考えかた ── キルケゴール、ニーチェ、ドストエフスキー、カミュなどに代表される ── いわば人間を試す思想 ── から脱け出しつつあるだろう・いまはかつてほど「あれかこれか」で考えることがだいぶ少なくなっているだろう ── 質的にも ── という現在の目測からいうわけですけれど(これに絡めての私の立ち位置については、いずれ長々としゃべることになるでしょう)。

 いまがその「長々としゃべる」ときなんでしょうか? いや、それはまだ先のことでしょう。いまの私にはまだこのことを「長々としゃべる」なんてできないですね。
 ともあれ、私は「人間を試す思想」のために身動きのできなくなった経験があって、身動きのできなくなったことを自分でよくないことのように感じて、ますます動けなくなったことがあるんです。いまの私なら、身動きのできなくなったことをよくないことのようになんか感じないんです。あんなものを読んだら、身動きできなくなって当然じゃないか、それはしかたがない、それはそうじゃないか、と思うわけです。「人間を試す思想」というのは、人間を身動きできなくさせるものなんですよ。
 それにまた、私はそもそも人間が自由に身動きできるものだと考えていた自分が間違っていたとも思うんです。いや、人間は自由に身動きできるものなのかもしれませんが、『死に至る病』を読んだ当時の私が考えていた「自由に身動きできる」が誤解だったといまは考えるんですね。あの当時、そもそもこの私は私ですらなかったといまは考えるんです。四十五歳を目前にしてやっとそういえます。
「人間を試す思想」を前にして、いまの私は「のんびり・だらだら」を押し出すんですね。
(二〇〇七年十二月)



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